宮代町の中心、東武動物公園駅からほど近い場所に佇む「進修館」。コンクリートの有機的なフォルムや、すり鉢状の広場など、一度見たら忘れられない不思議な魅力を持った建物です。「宮代町ってどんな町だろう?」と、この町を訪れたなら、まずはこの不思議な建物に足を運んでみてください。ここには、都会の暮らしにはない、宮代町ならではの自由で大らかな空気が満ちています。
この類を見ないコミュニティセンターの誕生の裏には、自分たちの手で独自のまちづくりを進めようとした人々の熱意と、数々のドラマが隠されていました。
今回は、建設当時に役場で担当者を務めていた田沼さんと、長く地域で設計事務所を営み地域活動にも関わられている手島さんのお二人にインタビューしました。進修館がいかにして生まれ、現在の「市民参加」や「農のあるまちづくり」という豊かな暮らしの土壌へつながっていったのか、その軌跡を紐解きます。

手島亙さん(左):1954年生まれ。地元で長年、建築設計に携わるかたわら、様々な地域活動に参加。竹のアート実行委員会事務局長、宮アジ会会長、甲馬サロン実行委員会事務局長などを勤める。 田沼繁雄さん(右):1954年生まれ。1972年に宮代町役場入庁、都市計画担当。進修館工事の担当として、象設計集団と工事に関わる。
「身の丈の行政」と、プロジェクトのはじまり
ーー進修館が建設されたのは1980年。当時の宮代町はどのような状況だったのでしょうか。
田沼さん:当時の宮代町は、齋藤甲馬町長の方針のもと「少数精鋭」で行政を行っていました。職員数は100人にも満たない規模で、同規模の自治体の3分の1ぐらいの人数。余計なことはしない「身の丈の行政」が徹底されていました。例えば、部課長のような管理職はなし、給食なし、国や県の補助金をもらうための煩雑な手続きに手間をかけるくらいなら、自分たちの身の丈に合った範囲で事業を行う。高い建物は作らず、大きなハコモノを建てる代わりに、地域ごとの小さな集会場をたくさん作ることを優先していたんです。
手島さん:私の父が設計事務所を営んでいて、町中の集会所の設計を任されていました。地域に根ざした自治を何よりも大切にしていた時代ですね。そこでまとまってコミュニケーションをとってもらうという方針でした。齋藤甲馬さんが特に力を注いだのが「教育」と「地域コミュニティ」でしたからね。
当時は「宮代町はなにもやらない」なんて批判もあったようですが、相当な覚悟で『やらない勇気』を持っていたのだと思います。だから、今の自然豊かな町が守られ引き継がれているのだと感じます。

宮代町初代町長の齋藤甲馬さん
ーーそのような中で、どのような経緯で進修館のようなコミュニティセンターをつくることになったのでしょうか?
手島さん:町制施行25周年の記念事業として、これまで地域ごとに育ててきたコミュニティの「中心」となる場所を作ろうという機運が高まったんです。そこで白羽の矢が立ったのが、後に沖縄県名護市庁舎などで世界的評価を受けることになる「象設計集団」でした。徹底的に地域を歩き、町の人々の話を聞いて本質を探る「発見的方法」というアプローチで設計を進めていきました。
田沼さん:象設計集団が宮代町を調査し、様々な意見を吸い上げる中で、当初「文化会館」として想定されていた計画は、体育館的な要素や、議場としての機能も併せ持つ、新しい「コミュニティセンター」へと変化していきました。

建設中の空中写真。写真中央が旧宮代町役場と駐車場、上部に進修館が建設される。現在の芝生広場側に庁舎があった

進修館竣工当時の写真。周辺は田んぼが広がっていた

体育館としても、コンサートにも使える大ホール

議場としても使われる小ホール。普段は円卓の机や椅子はなく、コンサートや講演会などに使われる
大逆風からのスタートと、徐々に芽生えた「誇り」
ーー完成した進修館の、オープン当時の町民の反応はいかがでしたか?
田沼さん:出来上がった時はもう大変でしたよ。「なんだこりゃ!」という感じで(笑)。当時の町民からは「使い勝手が悪い」「音が響く」と、苦情の声がいっぱい入ってきました。例えば、机にはガラスブロックが埋め込まれたりしているのですが、紙に何か書こうとすると「鉛筆で穴が開いちゃう」と言われたり、ガラスブロックを灰皿代わりに使ってそのまま帰っちゃう人がいたり。斬新すぎるデザインはすぐには受け入れてもらえず、それが一番辛かったですね。


今となっては愛着につながるオリジナルの家具も、当時は反発があった。
ーーそこから、どのようにして現在のように町民に愛される場所へと変わっていったのでしょうか?
田沼さん:少しずつ悪いイメージから良いイメージに変わり始めたのは、町外からの評価がきっかけでした。完成後、建築関係者の視察が絶えず、外国人ツアー客が訪れることもありました。また、東武動物公園に行く人たちが「あの変わった建物はなんだ?」と立ち寄って写真を撮っていくようになったんです。
手島さん:突き抜けた建築や芸術というのは、時代が後から追いついてくるものなんですよね。新しいことを始めるものは最初は評判が悪いことが多いですが、だんだんと見直されていきます。テレビドラマや特撮番組のロケ地として使われることも増え、外からの評価が耳に入るようになるにつれ、町民の意識も変わっていったのだと思います。本当はいいと思っていたけど、言い出せなかった町民も多いと思います。私自身も、実際に使い続けるうちに「なんてすごいエネルギーが込められているんだ」と実感するようになりましたね。

アーチ状の柱に、緑の植物が這う特徴的な空間

進修館の”異質さ”が人を惹きつけていった

今でも撮影地として遠方から人がやってくる
進修館が耕した「市民参加」の文化
ーー宮代町は「市民活動」が活発で、行政の取り組みにも意識的に「市民参加」のプロセスを大切にされている印象があります。
手島さん:その原点には、やはり進修館の存在があると思っています。駅から近いこの場所に拠点ができたことで、まずは町民が集まってわちゃわちゃと何かを始めるようになり、そこでお互いの「顔が見える関係性」が作られていきました。この進修館で生まれた人と人とのつながりこそが、宮代町に市民参加を根付かせる豊かな土壌になったんです。
田沼さん:その土壌をもとに、行政と市民が協働する動きが次々と芽吹いていきました。例えば、職員の自主的な研究グループから提案され、町民を巻き込んでいった「農のあるまちづくり」という考え方や、その拠点施設である「新しい村」の立ち上げです。さらに、駅周辺のまちづくりを市民と一緒に考える「みやしろの顔づくりプロジェクト」の起源もそこにあります。
進修館に隣接していた古い町役場が移転・解体された際、「駐車場にしよう」という意見もありましたが、
手島さん:進修館が四角いだけの無機質な箱ではなく、あんな独特な形をしているからこそ、「ここなら、もっと自由にやっていいんだ」と思わせてくれる余白が生まれたんですよね。ルールで縛りすぎない、あの空間の存在があったからこそ、自分たちの町は自分たちで考えるという市民参加の文化が、時間をかけてじわじわと耕されていったのだと思います。

旧庁舎解体後の芝生広場「四季の丘」をつくる際には基本計画から整備過程にも市民が参加した。(広報みやしろ 2008年7月号より)

ことあるごとに、町職員と市民が一緒になって議論を交わす土壌ができていった。
自然に、そこにある「みんなの家」へ
ーーこれからの進修館にはどうあってほしいですか?
田沼さん:今の自分があるのは、この建物のおかげだと思っています。当時は批判もすごかったですが、今では多くの人が主体的に進修館を使いこなし、大切にしてくれているのを見て、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。
最初の構想の絵には2階のロビーの様子が描かれていて、野菜を持ってきて売ったりあげたり、そんな交流が自由にできるような大らかな場所がイメージされていました。団体として何か特別なイベントをしていなくてもいいんです。用事がなくてもふらっと来て、ここでぼーっとしながらゆっくり過ごす。何もやらなくてもいいから、そんな「みんなの家」のような場所であってほしいと願っています。
手島さん:無理に特別なことを仕掛けなくても、100年かけてじわじわと人から人へ浸透していくような、そんな自然な流れでいいんじゃないかなと思っています。進修館は、ただ物理的な空間を与えてくれるだけでなく、私たちに「価値観」というものを呼びかけているんです。みんなが同じ方向を向かなくてもいい、多数派が常に正しいとは限らないという、宮代のアイデンティティそのものなんですよね。この建物が発するメッセージを感じ取り、今の皆さんがすごく大事に使ってくれているのを感じるので、その思いをどんどん未来へ受け継いでいければいいなと思います。

進修館開館当時のパンフレット。表紙のイラストは象設計集団の樋口裕康さん。展示があったり、勉強したり、コーヒーを飲んだり、野菜を売ったり。様々な活動がこの場で繰り広げられるイメージがあった。

当初の構想のように、様々な活動が行われるロビーの風景が、宮代町の日常だ。
2026.6.28 インタビュー 進修館和室にて
【制作】
記事担当課/宮代町役場 地域支援課
記事制作/coco
|
【編集後記】 「なぜこんな変わった建物が?」という純粋な疑問の裏には、開発の波に流されず、自分たちの手で町の中心を創り上げようとした人々の覚悟と、時代を先取る圧倒的な熱量が隠されていました 。 取材日 令和8年6月28日 |
【関連リンク】
暮らしの真ん中にある、みんなの大きな家 〜コミュニティセンター進修館と宮代町の日常
コミュニティセンター進修館 ホームページ
コミュニティセンター進修館 公式Instagram




