WORK IN MIYASHIRO
みやしろで働く人

Vol.9マイスター合同会社 代表 秋野栄作Vol.9マイスター合同会社 代表 秋野栄作

Vol.9
マイスター合同会社
代表 秋野栄作(あきの えいさく)    


ご両親が創業した宅配のお弁当屋さんを2018年に引き継いだ秋野栄作さん。経営コンサルタントをしていた経験を生かして、どんな時代にも対応できる戦略的な経営を地元宮代で展開しています。

創業当時は喫茶店でした

ー「弁当あき」は昭和50年の創業だそうですね。

はい、両親が結婚後、小田原から移住して宮代町で商売を始めたのが昭和50年です。最初は喫茶店として開業し、宮代町役場と日本工業大学の方たちが主なお客様だったそうです。

ーなぜお弁当屋になったのでしょうか?

開店後しばらくすると、東武動物公園建設のための準備室や町の議会からお弁当を頼みたいと注文が来るようになりました。次第にお弁当の需要が増えていき、私が子どもの頃はすでにお弁当専門店として営業していました。
調理をする秋野さん調理をする秋野さん

「料理の鉄人」に憧れて

ー料理人を目指したきっかけを教えてください。

私が高校生の頃に見ていた「料理の鉄人」というテレビ番組の影響です。いろいろな料理人が料理で対決するというエンターテイメントにわくわくしましたし、どの鉄人も知識が豊富で格好良いと思いました。

ー憧れの「鉄人」はどなたでしたか?

フランス料理の坂井宏行シェフです。私は日常的に和食を目にすることはありましたが、西洋料理をじっくり見たのはその番組が初めてでした。料理を通して西洋文化に触れてみたいと思ったのが料理人を目指したきっかけです。

フランスでの修行を目指して

ー料理人の修行は大変でしたか?

私は調理師専門学校を卒業後、東京湾内クルーズ会社でフランス料理を作っていました。先輩にはよく怒鳴られましたが、20代のうちに自分のお店を持って独立したいと思っていたので懸命に働きました。

ードイツで修行をされていたそうですね。

フランスで修行をしたかったのですが、ドイツ帰りの先輩からのアドバイスで、まずはドイツに渡り、その後フランスに渡ろうと計画を立てました。でもドイツでの修行中、手首に大怪我をしてしまいました。手術しても完治せず、大きいフライパンを振れなくなってしまったので、フランス料理の料理人として独立することを断念しました。

現場の経験を生かしコンサルタント業で独立

ー帰国後はどうされましたか?

帰国後、何ヶ所か飲食店に勤務した後、それまでの現場での経験を生かせる飲食業に特化したコンサルティング会社へ入社しました。飲食関連企業の経営改善を指導する仕事です。

ーコンサルティング業で独立された経緯は?

料理人として独立するというのは〝自分のお店を持つ″ということだったのですが、それ以外の独立の方法を私は知りませんでした。でもコンサルティング会社で経験を積んで独立していく先輩を見ていく中で、こういう独立の方法もあることを知りました。そして29歳で独立し、「マイスター合同会社」を設立しました。

母を助けるために地元へ

ーなぜ宮代町に戻られたのでしょうか?

独立し、都内で7年ほどコンサルティング業をしていた頃、宮代町に住んでいる妹から連絡がありました。実家では宅配のお弁当屋に加え、日本工業大学の下宿の経営をしているのですが、母の負担が大きくなって体力的に大変そうだということでした。そこで妹が下宿を、私がお弁当屋を手伝うことにしました。

ーコンサルティング業はお辞めになったのですか?

最初は都内でコンサルティング業を続けながら宮代町に通う形でお弁当屋を手伝っていました。でも経営全体を見直すためにはお弁当屋に集中する必要があり、コンサルティング業を一度辞めて、専念することにしました。

お弁当屋の経営改革

ー経営改革はどのようにされましたか?

私が取り組んだのは発注から配達に至る全てです。特に力をいれたのが、メニューの変更、配達スタッフの増員です。そしてあらゆることを「合理化」するように心掛けました。 企業経営のコンサルティングをした経験が役に立ち、徹底した経営改革をして1年ほどで売り上げを2倍に伸ばすことができました。

ーすごい結果を出されましたね!

でも一番大きかったのはスタッフの協力でした。私から無理なお願いをすることがあっても、嫌な顔ひとつせずに取り組んでくれて大変ありがたかったです。またお客様にも多くのアドバイスをいただきました。本当に感謝しています。

経済の不確実性を考えておく

ーところで新型コロナウイルスの影響はいかがでしょうか?

2020年の緊急事態宣言が発令された頃は、大学の売店、敬老会、スポーツ、コンサートといった集まりでの大口注文が全てキャンセルになりました。しかし2019年から商工会に紹介していただいた中小企業診断士のアドバイスに基づいて、顧客ターゲットを少しずつ変えていました。また食堂向けに真空パックにした総菜を新商品として開発し、収益構造が変わったことで、大幅な下落は避けることができたと思います。

ー今後の対策はどのようにお考えですか?

現代の経営で重要なことは下振れにも上振れにもすばやく対応できるように日頃から情報収集と試行錯誤を繰り返しておくことだと考えています。どんなに順調でも常にリスクを考慮し、不調の時も安易な選択は避けるように心がけています。

地域に必要とされる宅配弁当

ーお年寄りへの個人配達もされているそうですね。

昔、私の祖母が一人暮らしをしていて体調を崩した時に、誰にも助けを求められず、数日何も食べられなかったことがありました。母はその時の事がずっと引っ掛かっていて「一人暮らしのお年寄りにお弁当を宅配したい」と思っていたそうです。そこで、私が経営に携わるようになってから全体的な改革を行い、スタッフの理解と協力を得て個人宅への配送を事業化することができました。

―お母さまの夢を叶えられたのですね。

毎日の食事が何とかなれば、家で過ごせるご高齢の方も多いと聞きます。祖母が数日食べられなかった時に、それに気づいた近所の方が温かいおでんを差し入れてくれたそうです。母は自分がそのご近所さんのようになりたいとずっと思っていたので、今では夢が叶ったと言っています。これからも、宅配のお弁当屋として地域の見守りを続けていきたいと思います。

―健康食コーディネーターの資格をお持ちだそうで。

はい、ご高齢のお客様に継続的にお弁当を食べていただくことを考えて勉強しました。メニューには食物繊維を多く含んだごぼう、きのこ類、海藻類を多く取り入れるようにしていますし、ご高齢の方が食べやすいように刻み食にも対応しています。

景色に溶け込む特別な料理を

ー仕出し料理がきれいですね。

私は絵を描くのが好きなので、特別な日のお弁当の注文を受けた時には、お弁当のある景色を引き気味に見ながら考えるようにしています。料理を作る時に1番大切にしていることは、その場の雰囲気や景色にどこまで料理を溶け込ませることができるかです。

ー「弁当あき」のこだわりは何でしょうか?

おいしいご飯です。お米は宮代産のものを使い、味を落とさない精米方法にこだわっています。昔、宮代町初代町長の斎藤甲馬さんに「あきさんのお弁当はご飯がおいしい」と褒められたことがあるそうで、それが今でも両親の自慢です。おいしいご飯をみなさんにお届けするのが「弁当あき」のこだわりであり、誇りなのです。

ーこれから宮代町で起業する方へのメッセージをお願いします。

宮代町の立地をとことん調べて需要を探ることです。自分がやりたい事と住民の皆さんが喜んでくれることをマッチングさせていくことが大事だと思います。

※この記事は2020年12月に取材したものです。


 

秋野栄作さん近影 秋野栄作 (あきの えいさく)

昭和56年 埼玉県宮代町生まれ
酉年・乙女座・AB型
マイスター合同会社 代表
配達弁当・仕出し料理 あき 店舗責任者
日本酒きき酒師、国際日本酒きき酒師、健康食コーディネーター
 好きなことは夜のドライブ。好きな食べ物はケーキ。

お弁当 配達弁当・仕出し料理 あき(配達専門店)
営業時間
月~金 7時~15時
土   7時~12時
定休日 日曜(予約のみ対応)

 


 
宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266)
 



WORK IN MIYASHIRO

働く人vol.8 One for Dog オーナー 齋藤 大働く人vol.8 One for Dog オーナー 齋藤 大

Vol.8
One for Dog (ワンフォードッグ)
オーナー 齋藤 大(さいとう だい) 


宮代町道佛の閑静な住宅街にあるドッグサロン~One for Dog~。A級ライセンストリマーとして長年トリマーの育成に関わってきたオーナーの齋藤さんは、愛犬文化の普及と新しいドッグサロンのビジネスモデルを確立しようと挑戦を続けています。そんな齋藤さんにご自身の思い出を含めてお話を伺いました。

愛犬″ペー″と齋藤さん

愛犬″ペー″への想い

―なぜトリマーになられたのですか?

私の祖母はブリーダーをしていて、父親が珍しい犬種を飼うのが好きだったので、いつも犬が身近にいました。高校卒業後、犬と関わる仕事がしたいと思い、生まれ育った山形県から上京し、動物看護師の専門学校へ入学しました。一人っ子でしたのでいずれ地元に戻ろうと考えていましたが、動物看護師では独立が難しいのでトリミングスクールへ入り直しました。その道へ進んだのは母が理容師だったのも影響していると思います。

―子どもの頃はどうでしたか?

私は兄弟がいないので、子どもの頃は飼っていたシーズーのペーが兄弟のような存在でした。暇になればペーをかまって、随分しつこくしたこともあります。ぺーは嫌がりながらもそんな私に付き合ってくれて、今思えば可哀想なことをしたなと思います。犬に関わる仕事をすることは、大好きだったペーへの償いというか、ぺーのように飼い主に振り回される犬を助けたいというか、そういう想いが強かったのかもしれません。

犬のトリミング指導

犬の幸せは飼い主さん次第

―One for Dogは普通のドッグサロンとは違うようですが

One for Dogでは″トリミング″の他に″しつけ教室″ ″お手入れ教室″の3つのメニューがあります。しつけ教室では私が犬にしつけをするのではなく、飼い主さんが正しいしつけを実践できるように指導しています。お手入れ教室は10歳以上の高齢犬になると医療設備がないドッグサロンでの受付を断られることがあるのですが、そうなると動物病院でトリミングを受けるか、新しいドッグサロンを探すことになります。高齢になってから担当のトリマーや環境が変わることは犬にストレスを与えかねませんので、できれば違う方法でお手入れが続けられる方がいいと思います。

―お手入れ教室は人気だそうですね

はい、「こんな教室を探していた!」と遠方から通って来られる方もいます。皆さん通われる理由は様々ですが、トリミングとトリミングの間の日頃のお手入れを飼い主さんができるようになると、毛もつれの防止や健康チェックにつながり、愛犬が日々健やかに過ごせるようになります。また、愛犬との将来を見据えて今のうちから学んでおこうという飼い主さんも多く通っています。

笑顔で犬のトリミングをする女性静かにトリミングをされる犬

飼い主さんと育む″愛犬文化″

―愛犬文化とはどういうことでしょうか?

一般的には″犬文化″と言うのでしょうが、私は″愛犬文化″と言っています。世の中には犬を飼っている人、飼っていない人、そして犬が好きな人も嫌いな人もいます。その中で犬と心地よく暮らすためには飼い主さんの行動一つひとつがとても大切になってきます。私が師事した方の著書に「犬は文化の鏡」という言葉があるのですが、飼い主さんのモラルが高いということはその地域の愛犬文化度の高さの象徴でもあるのです。散歩のマナーや公園の使い方、愛犬の教育も含め飼い主さんが正しい知識を持ち、行動することで愛犬文化が育って行くのだと思います。

―飼い主さんの行動が大切ということですね

そうですね、これから犬を飼おうと考えている方たちは、身近にいる犬を飼っている方にアドバイスを求めることが意外に多いのです。ですから私のサロンに通われている飼い主さんに正しい知識をお伝えすれば、これから犬を飼おうと考えている方へも影響力があると考えています。飼い主さんにいいお手本になってもらうことが大切だと感じます。

トリミングの道具 はさみなどトリミングの道具 シャンプーなど

災害時にも対応できる強み

―今回の緊急事態宣言の期間中はどのような状況でしたか?

今回のSTAYHOME期間中、いろいろな大型ショッピングモールのペットサロンが休業しました。そういう施設を利用していた方たちは行くところがなくなってしまって個人のドッグサロンへ問い合わせが殺到しました。でも、もともとトリマーが不足していますので、私を含め個人のドッグサロンでの新規受け入れには限界があり、仕方なく、飼い主さんの自己流でお手入れをされていた方もいたようです。今回に限らず、大規模な災害が起こった時でも自分でお手入れができる技術を身につけていれば、愛犬に不快な思いをさせずに済みますよね。

―トリマーが足りないのですか?

私はトリマーとしてペットショップ勤務を経て、トリミングスクールで講師としてトリマーの育成に関わってきました。トリマーを目指す人の中で多いのが、犬が好きでカットが好きという若い女性です。でもトリマーの仕事は立ち仕事で大型犬を扱う事もあるので体力が必要ですし、結婚を機に辞めてしまう方が多いのです。そのためトリマーの職業寿命が短く、業界全体としてトリマーが少ないのです。

宮代町で新たなビジネスモデルを

―どうすれば長く続けられるのでしょうか

飼い主さんへ正しい知識と必要な技術をお伝えできる身近な存在がトリマーなのだと思います。そのトリマーの仕事を継続していくためには収入を安定させ、トリマーの職業地位を上げていくことが必要だと思います。そこでトリミングとしつけ教室、お手入れ教室の3つの事業を展開するビジネスモデルを考えました。それが実際に具体化できるかを私自身がチャレンジしたいと思い、このお店を始めました。

―宮代町に来てみていかがでしたか?

以前は横浜に住んでいたので坂が多くて大変でしたが、宮代町は道幅も広く平坦で車が来ない遊歩道が充実しているし、何より自然が豊かなので犬を飼うにはとても良い環境だと思いました。お店を始めてみると町外のお客様からも羨ましいという声を多く聞きますので、恵まれた環境なのだと思います。

2020年2月16日「犬のはてなを学ぼう!家族で考えたい愛犬講座」

2020年2月16日「犬のはてなを学ぼう!家族で考えたい愛犬講座」

地域のみなさんと一緒に

―講演会やセミナーを行っているそうですね

はい、小学校のPTAでの勉強会や進修館のチャレンジ企画としてセミナーを開催したり、地域のつながりの中でチャンスを頂いています。また″One for Dog トライアル!″という犬本来が持っている隠れた能力を飼い主さんが引き出し、一緒に楽しむスポーツイベントを定期的に開催しています。犬を理解し、みんなが楽しく暮らすことができるように、これからもいろいろな企画をして行こうと思います。

―これからやってみたいことはありますか?

飼い主さんと愛犬が一緒にマラソンを走る″ドッグマラソン″のような犬と一緒に楽しめるドッグスポーツをやってみたいです。その給水ポイントとして町内の飲食店を巡るのも楽しいかなと思います。町と協力して″犬″を通じて楽しいことをしたいです。

2019年11月3日「第4回犬と人の運動会OneforDogトライアル!」

2019年11月3日「第4回犬と人の運動会One for Dogトライアル!」

―これから宮代町で起業する方へのメッセージをお願いします

事業をはじめるには宣伝が重要ですが、宮代町は町民同士や行政との距離が近いので、誠実に仕事をしていれば口コミで情報が広がって行きます。地域のコミュニティからたくさんの恩恵が受けられるのは、宮代町の大きな魅力だと思います。

※この記事は2020年7月に取材したものです。


齋藤 大さん近影 齋藤 大(さいとう だい)

昭和52 年 山形県酒田市 生まれ
巳年・ 天秤座・ A 型
One for Dog(ワンフォードッグ)オーナー
お酒を嗜むのが好きで宮代町の飲食店を渡り歩くのをいつも楽しみにしています。好きな食べ物は店主からの「今日これオススメ」。
YouTube チャンネル「 One for Dog TV 」も随時配信 しています。

One for Dog外観写真 One for Dog
所在地 宮代町道佛 2-18-20
TEL 0480-53-6864
営業時間 8:00-19:00 (予約制)
定休日 不定休

 
宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266)
 



WORK IN MIYASHIRO

働く人vol.7 クリーニングコンドウ 代表 近藤 隆働く人vol.7 クリーニングコンドウ 代表 近藤 隆

Vol.7
クリーニングコンドウ
代表 近藤 隆(コンドウ タカシ) 


昭和45年に先代が創業し、実績と信頼を積み重ねてきたクリーニングコンドウ。現在の代表である近藤隆さんは二代目として家業を継ぐとともに、宮代町商工会青年部を盛り上げてきたおひとりです。ご自身の事業だけでなく宮代町の発展を見据えて活動されている近藤さんにお話しを伺いました。

クリーニング近藤 工場風景

地域の大切さに気付いたあの日

―最初はあまり商工会の活動に参加されていなかったそうですが。

私が仕事を手伝い始めてから青年部に誘われて入会しましたが、最初は忙しいとかいろいろ理由をつけて全く参加していませんでした。そんな2011年3月、妻の出産予定を翌月に控えた時に東日本大震災が起こりました。計画停電が行われる中、仕事をすることも出来ず一人でいろいろなことを考えました。そして生まれてくる子どものためにも、地域とのつながりを持つことは重要だと感じて商工会青年部の仲間と一緒に活動を始めました。

―宮代町商工会青年部はどのような活動をされていますか?

商工業企業の繁栄と地域の発展に貢献するのが商工会の目的なのですが、その中で45歳以下の経営者、または後継者で組織されるのが青年部です。青年部はフットワークの軽さと行動力で、ビジネスチャンスの創出や地域を盛り上げるイベントを創り出すことが期待されていて、宮代町商工会青年部は〝みやしろ戦隊ハナレンジャー″を生み出しました。ハナレンジャーは宮代町の平和を守るヒーローです。

宮代町商工会青年部の活動風景宮代町商工会青年部の活動風景

―ハナレンジャーは子どもたちに大人気ですね

お陰様で宮代町民まつりやみやしろ産業祭のハナレンジャーショーではたくさんの子どもたちが応援してくれるので、雑草軍団との戦いに勝利しています。町内の保育園や幼稚園からの出演依頼も頂いています。

ー近藤さんはどのようにハナレンジャーに関わってきましたか?

青年部はハナレンジャーショーを運営しているので、青年部のメンバーが台本を書いたり演者になったりします。私は最初に演者としてイエローを担当して、その後レッドを担当しました。今は主に企画を担当していますが、人が足りなければ演者もやります。私は高校卒業後、ミュージシャンをしながら役者をやっていたことがあったので、正直に言うとハナレンジャーのことは素人劇団だろうと馬鹿にしていました。でも宮代町民まつりにはじめて出演した時に、3ヶ月くらい真剣に仲間と稽古に打ち込み、当日子ども達の前で思いっきり演じて、大きな歓声の中無事に終わった時には、自分でも驚くほど号泣しました。青年部の活動にのめり込んでいったのは、ハナレンジャーがきっかけだったと思います。

ハナレンジャー

宮代町が大好きな仲間と一緒に

―近藤さんは宮代町のご出身ではないそうですが

私は白岡市で育ちました。宮代町に住んで8年ですが沢山の仲間ができ、今では宮代町が大好きです。みんなが宮代町を愛していて、温かく住みやすい町だなと感じます。昨年40歳のダブル成人式である不惑の集いの実行委員長をさせていただきました。宮代町出身以外の人が代表になったのは初めてだったそうですが何の違和感もなく協力して運営できました。

―青年部では部長をされていたこともあるそうですね。

2017年、2018年度の2期、部長をさせていただきました。その間は仕事をしながら会合や研修に忙しく、毎日が必死だったので、「おれは命かけてるんだよっ!」とよく言っていました。

―近藤さんは人の話しをよく聞いてくれると青年部の方にお聞きしましたが

私自身が画期的なアイディアマンというわけではないので、いろいろな人のアイディアを聞くのが好きです。すごくいいなと思うこともあるし、もう少しこうしたらいいなと思うことは遠慮なく意見させてもらっています。そうやって熱く語りあうことはとてもおもしろいし、そこから何かが生まれていけばいいなと思います。

業務用洗濯機

親の仕事を継ぐということ

―親の仕事を継ぐことに抵抗はありませんでしたか?

子どもの頃、学校から帰ってくると店で作業している両親が「お帰り」と迎えてくれるのがとても心地よかったです。自分も親になったらそうやって子どもを迎えてあげられるようになりたかったので、いつかは後を継ごうと考えていました。私は3人兄弟の真ん中なのですが、兄はとても勉強ができて優秀でしたし、弟は私が跡を継ぐと感じていたのか自由でしたので、ごく自然な流れでした。

―芸能活動をされていたそうですが?

高校を卒業するときに、クリーニングの学校に行くか好きなことをするかという選択に迫られました。私はいつか必ず後を継ごうと思っていたので、しばらく好きなことをさせてほしいと高校の頃から始めたバント活動をするために上京しました。バンドではドラムを担当していました。活動の中で役者をやってみないかという声がかかったりもしていろいろな経験をさせてもらいました。子どもの頃の卒業文集の将来の夢のところに、1.後継ぎ、2.タレントと書いてあって、夢の通り生きてこられたことに、改めて両親に感謝しています。

クリーニングコンドウさんの仕事の様子クリーニングコンドウさんの仕事の様子

お客様の「喜びと自信」のために

―クリーニングに対する思いとは

クリーニングに出される洋服はお客様の思い入れがあるものなので、自分が仕上げたものを喜んで受け取って帰っていかれる姿を見るのはとてもやりがいがあります。物を大切にすることはもちろんですが、昔の美しさを取り戻した服を手にすることで、それを購入したときの「喜び」やその服を着た時の「自信」も取り戻せると信じてクリーニングをさせていただいています。

―これから宮代町で起業する方へのメッセージをお願いします

この町で起業するということは、この町の住民が一番のお客様になるわけですから、先ずはこの町で愛される企業を目指すことが必要だと思います。その為には、町に、地域に貢献していくこと。これは大事なことです。実際に何をすれば?と思いますが、何でもいいんです。自治会や消防団に入って活動する。広報誌に掲載されている活動に参加するなど。どんな形であれ地域住民とふれあい、かけがえのない人を作り、そのかけがえのない人に感謝をし、信頼を構築していく。そのことが相乗効果となり、結果として強い企業になっていくことだと私は信じています。先ずは自分が町を愛することから始めましょう。愛されるのはその先です。

※この記事は2020年2月に取材したものです。


近藤 隆さん近影 近藤 隆(こんどう たかし)

昭和54年生まれ
未年・山羊座・O型
クリーニングコンドウ 代表
趣味は下手くそですがゴルフ。周りから言われることは、やたら声が大きいと迷惑がられます。

クリーニングコンドウ外観写真 クリーニングコンドウ

クリーニング、しみ抜き、衣類のリフォームも承ります。毛布、布団等の寝具類もふんわり仕上がります。着物もお任せください。近隣市町村であれば宅配サービスもいたします。厚労省認可「埼玉県クリーニング生活同業組合」加盟店

住所: 〒345-0833 埼玉県南埼玉郡宮代町西粂原896-2
TEL: 0480-33-8234

ハナレンジャーと記念撮影する笑顔の子ども 宮代町商工会 青年部

ハナレンジャーは子どもたちに大人気の宮代町のローカルヒーローです。宮代町商工会青年部を中心に、多くのサポートメンバーに支えられて様々な所で活動をしています。町内の幼稚園・保育園など出動いたします。お気軽にお問い合わせください。

ハナレンジャー ホームページはこちら


 
宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )
 



WORK IN MIYASHIRO

働く人vol.6 あじまんま経営 店主 安島美次働く人vol.6 あじまんま経営 店主 安島美次

Vol.6
あじまんま経営
店主 安島美次(あじま みなみ)             


〝月曜日″午前11時のスキップ広場。駅前通り側に建てられたテントに人が集まりはじめました。野菜やお弁当が並べられ、楽しそうに接客をしているのはケータリングやお弁当販売を手掛ける「あじまんま」の安島美次さん。いつか店舗を持って八百屋さんになりたいという夢を抱く安島さんにお話を伺いました。
看板「Monday marche」

野菜の食べ方も提案できる八百屋さんになりたい

―なぜ八百屋さんになりたいのですか?

私は野菜もお肉も大好きなのですが、一緒に食べる野菜がおいしいとお肉もおいしく感じられると思っています。以前、テレビ局に勤めていた時に、時間が不規則な仕事な上、食べ物には無頓着だったので、真夜中にカップラーメンを食べたりしていました。そんな時に仕事の打ち上げでケータリングの食事が会議室に並べられた時に、いつも見慣れた場所がとても華やいで見えました。みんなが楽しそうに食事をしていたし、本当においしかったです。特に野菜を使った料理がカラフルでバリエーションがあったので野菜に興味を持ちました。

―お料理ではなく野菜そのものに惹かれたわけですね

野菜に興味を持ってから、八百屋さんでじっくり野菜を見るようになったのですが、野菜が色も形もいろいろあってかわいいと思いました。そして食べたことがない野菜を手に取った時に「どうやって食べるのかを試食できたらいいのに」と思いました。そんな八百屋さんがあったらいいなと思い、それなら自分でやってみようと思いました。その後、八百屋さんに転職して修業をしました。仕入れや商品管理、お惣菜作りにも携わっていました。

花の写真マルシェでにこやかに話す人々、蛭田農園さんのトマト

―このマルシェは八百屋さんへの第一歩ということでしょうか?

最初は東京で店舗を構えるのが夢だったのですが、地元の宮代町で小さな商いから始めるほうが自分には合っているように思えてきました。仕入れをする立場で改めて地元の野菜を食べてみると本当においしいものが多くて、たくさんの人に紹介したいと思いました。そこで地元の農家さんとのつながりをどうやって作っていったらいいかを役場に相談に行ってみたところ、新しい村に関わることを提案されました。ちょうどお惣菜部門のスタッフを募集していて、料理の修行にもなると思いスタッフになりました。

―マルシェをはじめた経緯について教えてください

仕事を通じて知り合った蛭田農園さんと「一緒に何かやりたいね」という話をしていたら、スキップ広場がとても安く借りられるという情報を知りました。そこで、新しい村がお休みの月曜日に一緒にマルシェを始めることになりました。月曜日のマルシェなので「Monday Marche(マンデーマルシェ)」略して〝まんまる″と名付けました。蛭田さんが野菜、私がお弁当を作って販売しています。スキップ広場は駅前通りに面していますし、1区画1時間200円※で借りられるので、私のようにチャレンジ出店してみたいという人には有難い場所です。

あじまんまさんのマルシェの様子

―お弁当がおいしいと人気だそうですね

いつか八百屋さんの店舗を持つという目標を立てて、今は自宅を改装した厨房でケータリング事業をしています。そして週に1回〝まんまる″で地元の旬の野菜を使ったお弁当を作って販売しています。お客様とコミュニケーションを取りながら直接感想を聞けるのでとても勉強になります。「この前のお弁当美味しかった!」と言っていただけた時にはとても嬉しいです。まだまだ始めたばかりですが、この道が私の目指す八百屋さんへつながっているように感じられるのでやりがいがあります。

―販売用のワゴンは手作りですか?

資金があまりないのでいろいろなものを自分で作りました。ワゴンはリヤカーに乗るサイズに合わせてホームセンターで板を切ってもらって作りました。味噌汁カップや箸袋に押すスタンプも自分でデザインしました。八百屋さんに勤めていた時は、その時の入荷状況によって段ボールでディスプレイ用にいろいろなものを作っていたので「何でも自分で作る」という経験が活きているのだと思います。

あじまんまさんのマルシェのワゴンあじまんまさんのお弁当とお味噌汁

キッチンは私のお城です

―ご自宅の改装も自力でされたとか

厨房機器の設置は業者さんにやってもらいましたが床や壁は自分で貼りました。押し入れを棚に改造するのも自分でやりました。よく見ると釘が飛び出していて恥ずかしいです。都内で働いていた時も実家から通勤していて、一人暮らしをしたことがありません。いつか一人暮らしをするのが夢だったので、そんな想いが自分専用のキッチンを作る原動力になりました。亡くなった父は内装業を営んでいたので、「自分と同じようなことをやっているよ」と天国で喜んでいるような気がします。

―大変だったことは何でしょうか?

保健所の食品営業許可を取ることでした。難しい申請書類を書いたり、和室だった部屋を厨房に改装したり、やはり限られた資金での改装だったので大変でした。水回りや換気扇にお金がかかったので、実は床の間には手が付けられずそのまま残っているんです。

ご自宅のキッチンご自宅のキッチン

食べることは生きること

―お父様の介護をされたそうですが

父が亡くなる前の1年間くらいがいわゆる介護らしい介護だったかなと思います。母も体調を崩して入院していた時期があって、1ヶ月くらいでしたが、この間は私一人で父のご飯を作りました。ずっと家にいるだけになってしまった父は食べることだけが楽しみになっていたので、私なりに美味しいものを作ってあげようと一所懸命頑張りました。今振り返ってみると、父のためにご飯を作ることができて、少しは親孝行ができたのかなって思えます。そして父が熱心に食べている姿を見て、生きるということはこういうことなんだと教えられた気がします。

―あじまんまが大切にしていることは?

野菜の力を最大限に活かして体に届けるために、それぞれの野菜の走り・旬を大切にして、素材の味をきちんと味わえるように化学調味料を極力使わないようにしています。そして毎日食べても飽きず、楽しんでもらえるような料理をお出ししたいと、想いを込めて作っています。

料理を作る安島さん

―今後の夢や目標はなんですか?

私は宮代町出身ですが、若いころは地元に興味がなかったので、進学も就職も東京でした。昔は興味がなかった地元ですが、八百屋さんをやろうという視線で見てみると、畑や田んぼが身近にあって改めて食とのつながりを感じました。いろいろな経験から、働くということは楽しいだけではないことは分かっていますが、それでも笑って楽しいと思いながら働ける環境を自分で作っていきたいです。

―これから宮代町で起業しようとしている人に伝えたいことはありますか?

何かをやりたいと思った時に、やりたいことを内に秘めず言葉にしていけば、同じ想い・考えの人や、協力してくれる人は沢山いると思います。私もまだまだ途中ですが、応援します!

※この記事は2019年7月に取材したものです。


安島美次さん 安島美次(あじま みなみ)
丑年・蟹座・A型                                           

テレビ局、イベント企画会社、旬八青果店を経て独立。現在新しい村に勤務する傍らケータリング事業を手掛ける。最近大きな犬を飼いたくてラブラドールやゴールデンレトリバーが通るとつい眺めてほんわかとしています。

あじまんま ロゴ あじまんま 

野菜の、走り・旬・素材の味を大事にし、素材をちゃんと味わうために化学調味料などを極力抑えることを心がけてます。仕事をかけもちしながら1人で営業しているため、お受けできる日程に限りがございます。ご予算や内容に応じてお作りいたしますのでご相談ください。ご注文は10日前まで、人数変更・確定(キャンセル含む)は3日前までお受けします。

※ ケータリング¥15000〜※ お弁当5個〜 (配達の場合)

お問合せ(メール) ajimanma@gmail.com

 新しい村 森のカフェの写真 新しい村 森のカフェ 

野菜をたっぷり使った軽食やフレッシュジュース、スイーツが食べられます。毎月24日には、西口商店会サービスデーの割引がありますので24日(定休日の場合は翌日)のカフェも要チェックです。(サービス内容は季節により異なります)
住所:〒345-0824 埼玉県南埼玉郡宮代町字山崎777-1
営業時間:9:30~16:00(ラストオーダー 15:45)
定休日: 毎週月曜日(祝日の場合は振替なしで営業)
お問い合わせ
      
TEL.0480-36-3955(森の市場 結 共通)


 
宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )
 



WORK IN MIYASHIRO

働く人 vol.5 M's DANCE STUDIO PINKY働く人 vol.5 M's DANCE STUDIO PINKY

Vol.5
M’s DANCE STUDIO PINKY
代表・ダンサー 金子 恵(かねこ めぐみ)

夕方のスタジオに声が響く。真剣な表情でストレッチを行う子どもたちの姿勢を調整していくのは「エムズ・ダンススタジオ・ピンキー」代表の金子恵さん、通称MeGu(メグ)先生です。独身時代に宮代町にスタジオを立ち上げ、地元出身の方とご結婚されてこの町に根を下ろしたメグ先生は、現在1歳の娘さんを育てる子育て真っ最中のママでもあります。日々奮闘されながらもキラキラ輝くメグ先生にお話しを伺いました。

大好きなダンスで町を元気に!

大好きなダンスで町を元気に!

―なぜ宮代町にダンススタジオを立ち上げたのですか?

宮代町に来る前は、8年間フリーインストラクターとして埼玉や千葉のダンススクールや保育園でレッスンを受け持っていました。独立を考えた6年前に、すでにダンススタジオがたくさんある私の地元の春日部市ではなく、近隣市町でダンススタジオを立ち上げようと考えたんです。あちこち物件を探していた時に、東武動物公園駅から観覧車が見えて嬉しくなりました。私は遊園地が大好きなので、この町にダンススタジオを作ろうと決めました。

―生徒さんは何人くらいですか?

120名の生徒がいます。講師は12名です。駅前のスタジオと昨年自宅兼スタジオを建てたので、2つのスタジオを運営しています。
町のイベントにもよく参加されています町のイベントにもよく参加されていますね

―町のイベントにもよく参加されていますね

今までに宮代町民まつりのダンスフェスタやみやしろ産業祭、町民文化祭、桜市に出演させてもらいました。お友達を含め、町のみなさんに観ていただける場ですし、元気に踊る子どもたちのパワーがイベントを盛り上げているんじゃないかって思います。子どもたちも「自分たちが町を盛り上げている」という実感が得られていい経験になっていると思います。

―ダンスの先生としてのやりがいを感じるのはどんな時ですか?

私の考えた振り付けを子どもたちが楽しそうに踊っている時や上達が見えた時です。一番やりがいを感じるのはスタジオで主催した発表会の日です。準備はとても大変なのですが、一人ひとりがステージの上でキラキラと踊り、みんなの思いが一つになって舞台を作り上げる達成感がたまらないです。
イベントで踊る教室の生徒の子どもさん達

仕事復帰は産後1ヶ月でした

―ご主人とは宮代町民まつりでお知り合いになったとか

はい、まだフリーインストラクターだった頃に宮代町民まつりの第1回ダンスフェスタに受け持っていた生徒たちが参加することになりました。夫も自分が主催するダンスサークルでダンスフェスタに参加していて、そこで知り合いになりました。その後夫は宮代町民まつりの実行委員になり、ダンスフェスタを運営しています。ピンキーとしても毎年発表会と並んで力を入れているイベントです。

―お仕事と育児の両立はいかがでしょうか

結婚後、自宅兼スタジオを建てようと計画を進めていた頃に赤ちゃんを授かりました。妊娠中も日々のレッスンや発表会の準備、週末ごとに建設会社との打ち合わせ、と大忙しでした。でもじっとしていられない性格なので、出産2週間前までレッスンを続けて、産後は家族のサポートを受けながら1ヶ月でレッスンに復帰しました。
大変でしたが、レッスンの合間に生徒たちが娘を可愛がってくれたり、お母さんたちに子育てのアドバイスをもらえたりしてとても心強かったです。
結婚後、自宅兼スタジオを建てようと計画を進めていた頃に赤ちゃんを授かりました。結婚後、自宅兼スタジオを建てようと計画を進めていた頃に赤ちゃんを授かりました。

1日でも長く踊り続けたい

―メグ先生はいつからダンスを始めたのですか?

小学校3年生の時です。家の近くにダンス教室がなく、バレエ教室に通いました。中学校ではバスケット部で体を鍛え、高校で新体操とテレビで見るダンサーのコピーをしながら独学で踊っていました。大学生になって今教えているジャンルとなるジャズとヒップホップを習いました。その後、チアダンス・日本舞踊・ベリーダンスなどいろいろな舞踊を学びました。

―チアガールをやっていたこともあるそうですが、思い出を教えてください

大学を卒業して普通に就職したのですが、子どもの頃から続けてきたダンスを極めたいと、会社を辞めてダンサーの道へ進みました。いろいろなダンスの仕事をしましたが、オーディションを受けて、横浜ベイスターズ(※)専属チアチームDIANA(ディアーナ)の1期生に合格しました。晴れた初夏の日に満員御礼3万人のスタジアムでパフォーマンスした時はすごく気持ち良かったです。

―踊ることが大好きなんですね

はい、大好きです!そしてダンスを通じてたくさんの経験をさせてもらいました。踊ることの楽しさはもちろん、互いに協力し合うことの大切さ、諦めない粘り強さ、前向きに突き進む力、他人を思いやる気持ち、与えられたことへの責任感などです。そういうことを伝えられたらいいなと思い、ダンスの先生になりました。
スタジオでダンスを踊る金子先生スタジオでダンスを踊る金子先生

―今後の夢や目標はなんですか?

チアダンスは去年から大会クラスを作りハイレベルな日本の大会に挑戦していて、そこで上位を目指せるチームに育てること。ヒップホップなどストリート系は、優秀なインストラクター陣の力を借りて、今後ダンスバトルなどにも挑戦していけるよう、音楽に合わせて勝手に体が動くようなダンサーに生徒たちを育てていきたいです。
私自身の目標は、今は子育てと仕事で日々いっぱいいっぱいですが、1日でも長く踊り続けることです。これがスタジオを作った頃からの目標です。

―これから宮代で起業しようとしている人に伝えたいことはありますか?

宮代町は小さな町ですが、新しいものを受け入れてくださる地域だと感じています。小さいからこそ多くの方と繋がれるのはかなりの利点だと思います。

(※)現 横浜DeNAベイスターズ

※この記事は2018年12月に取材したものです。


「エムズ・ダンススタジオ・ピンキー」代表の金子恵さん 金子 恵(かねこ めぐみ)
ひつじ年・射手座・B 型
遊園地が大好きで家族でよく東武動物公園に遊びに行っています。新しい村から見えるレジーナの景色も大好き。好きな色はピンク。
「エムズ・ダンススタジオ・ピンキー」の外観写真 M’s DANCE STUDIO PINKY
丁寧な指導が自慢のアットホームなスタジオ。楽しい先生によるレッスンで、初めての方でも安心してダンスを始められます。大人向けのクラスもあります。
住所:〒345-0821 南埼玉郡宮代町中央3-1-17  宮代ビル1階
電話:080-6704-0784
定休日:日曜日

宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?

宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )

 


WORK IN MIYASHIRO

hito2_main1

Vol.4
株式会社 料理設計
代表取締役 湯浅 克也(ゆあさ かつなり)

2018年4月、宮代町の「農」のあるまちづくりのシンボル施設である新しい村に開店したパン工房「イル ピノリーノ」。早朝から本場イタリアの味を作り続ける湯浅氏は、2017年10月、東武動物公園駅前に開店したシチリア料理専門店「ラ グリーリア」の経営者でもあります。宮代町への熱い想いをお持ちだという湯浅氏にお話を伺いました。

hito_021

宮代町をすぐに好きになりました

―なぜ宮代町でお店を開業したのですか?

越谷出身の妻のすすめです。町の雰囲気がとてもいいと聞きました。実際に来てみたとき、僕が修行したイタリアのトスカーナ地方のサンジミニャーノという小さな町に少し似ているように感じて、ひと目で気に入りました。

―パン工房の名前がその町に由来しているそうですが

僕が修行したレストランは松に囲まれていました。新しい村の雰囲気がそこにとても似ているので、イタリア語で〝小さな松″という意味の「イル ピノリーノ」という名前にしました。
hito_051hito_05_sp1

―㈱料理設計としては3店舗目の出店とのことですが

そうですね。越谷の「ヴェッキオ コンヴェンティーノ」、東武動物公園駅前の「ラ グリーリア」に次ぐ3店舗目です。3店舗ともイタリアンの枠組みの中で少しずつ特色を変えているので、名前もそれぞれ変えています。
hito_051hito_05_sp1

レベルの高い地域での挑戦

―パン作りへの想いを教えて下さい。

イタリア料理と宮代町の食材や郷土料理をコラボさせたいという想いがあります。
宮代町や近隣のエリアにはレベルの高いパン屋さんが密集しているので、自分達にしか作れない特徴のあるパンを作っていきたいです。今は1日1種類ずつ新しい商品を増やしていこうと挑戦中です。
hito_051hito_05_sp1

―イタリア料理を勉強しようと思ったきっかけは何ですか?

シチリア島に行きたかったんです。僕は海のない会津若松で生まれ育ったので、海への漠然とした憧れがあったんだと思います。

―イタリアで修行されて、どんなことを感じましたか?

日本で食べられている「イタリアン」が日本人の口に合うようにアレンジされているものが多いとわかりました。帰国後はイタリアで日常的に食べられている〝本当のイタリア料理″をたくさんの人に食べてもらいたくて、同期の仲間達と銀座にレストランを立ち上げ、そこで6年間シェフを経験しました。
hito_051hito_05_sp1

―お客様の反応はいかがでしたか?

最初は気が利かず、積極的に料理の説明をしなかったので、お客様からよく「何を注文したらいいのかわからない」と言われました。それからは丁寧にご説明するようにして、今もそうしています。ラ グリーリアでは7種類の手打ちパスタについて最初にご説明しています。

若い人を育てていきたい

―経営者としてはどのようにお考えですか?

越谷で独立するときに、本格的なイタリア料理が受け入れられるのかと厳しい意見も言われましたが、僕はそういうニーズはあると思っていました。実際、越谷でも宮代でも手応えを感じています。あるお客様に「こんなお店を求めていた」と言われたことがとても嬉しかったです。

―スタッフはお若い方が多いようですが

僕は簡単にキャリアのある人を引っ張ってくるより、若い人を一から育てることにこだわっています。現在、㈱料理設計は社員5人、アルバイト1人、私達夫婦2人の計8名で、平均年齢22歳の若手集団です。皆で力を合わせて頑張っています。
hito_051hito_05_sp1

―今後の夢や目標はなんですか?

1.都内進出 ミシュランの星を獲得 2.海外進出 3.上場 4.プロ野球チームを運営する 5.社会に貢献できる事業を生み出す を起業以前から目標として口にしてます。宮代町が好きなので、何か地域に貢献できるような産業を生み出して町づくりに協力したいとも考えています。

―野球がお好きなんですね。他にご趣味はありますか?

中学校まで野球をしていましたから。趣味は・・・特にありません。今は仕事に全力投球です。

―これから宮代で起業しようとしている人に伝えたいことはありますか?

外からきた僕から見ると、宮代町はとても魅力的でポテンシャルを秘めた町だと思います。
そんな宮代町の中心でもある「新しい村」で、僕は食を通じて「農」を発信できる文化的な「村」にしていきたいと考えています。この町の可能性を理解し、ここで起業する意味を見つけた上で事業を起こした方がいいのではないかと思います。

※この記事は2018年5月に取材したものです。


湯浅 克也(ゆあさ かつなり)
昭和59年生まれ
ねずみ年・いて座・0型
株式会社 料理設計 代表取締役
料理人であり、店舗経営、プロデュース業務も手掛ける。
休日は1歳の娘との散歩が楽しみ。
よく従業員と間違われるほどオーラが無いのが自慢。
シチリア料理専門店 ラ グリーリア
LA GRIGLIA

宮代町の安全で美味しい野菜を使い、 南イタリアやシチリア島のフルーツ、 魚介 をふんだんに使った郷土料理が味わえる。    

住所:〒345-0821 埼玉県南埼玉郡宮代町中央3-11-16
電話:0480-31-7458

イタリア菓子とパン専門店パネッテリア イル ピノリーノ
Panetteria Il pinolino

新しい村 森の工房内で地場産農産物を使用したパンや焼き菓子、加工品を作り販売中。
冷蔵棚に並ぶティラミスやパンナコッタも絶品!    

住所:埼玉県南埼玉郡宮代町山崎777-1
新しい村 森の市場「結」内
電話:森の市場「結」 0480-36-3955

新しい村

宮代産の野菜やくだもの、お米などを中心に、お酒
や加工品なども販売しております。    

住所:〒345-0824 埼玉県南埼玉郡宮代町字山崎777-1
電話:森の市場「結」 0480-36-3955
営業:9:30~17:00 毎週月曜定休
駐車場あり


宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?

宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )

 


WORK IN MIYASHIRO

hito2_main1

Vol.3
山本企画工芸株式会社
装飾業 山本 匠(やまもと たくみ)/山本 貴史(やまもと たかふみ)

和戸駅の南西1kmほど。ひらけた田園風景の中に紺色の倉庫っぽい建物があらわれる。
入口からオフィスへ足を踏み入れると、目の前にはアメリカンテイストな空間が広がっていた。
ここはお店のショーウィンドウやイベントスペースなどの設計・デザイン・施工までをトータルに手がける山本企画工芸株式会社の工房。

今回は、そんな個性あふれる仕事場で、様々な夢の舞台を造り出している山本匠さん・貴史さんご兄弟を訪ね、お話を伺いました。

hito_021

自分たちの手で形にする仕事

― お仕事の内容を教えて下さい

匠さん
東京ビッグサイト(東京国際展示場)や幕張メッセでの展示会やイベント等でのブースの設営がメインです。
あとは百貨店などに期間限定で出店するショップの施工をしたり、ショーウィンドウを装飾する仕事などもあります。

― 色々な場所で設営されているんですね

匠さん
家電量販店のディスプレイとか企業のショールーム、ヘアサロンや焼き鳥屋さんの内装も。有名なダンス&ボーカルグループの記者発表の会場等も手がけました。

― この仕事の面白みは?

匠さん
自分の考えたものを、そのまま自分で形に作れるところかな。
お客さんの「こういうものを作りたい」という希望に「こうしたらいいんじゃないですか」と提案し、打ち合わせしながら作りあげていく作業は楽しいですね。

― 製作する時の苦労はありますか?

貴史さん
お客さんがデザインしたものを製作する場合は、図面に細かい構造まで記載されていないことが多いし、寸法を計算しながらどうしたらいいんだろうと悩む時もあります。でも完成した時は達成感もあるし、お客さんが喜んでくれると苦労した甲斐があり嬉しいですね。

hito_031

廃材を使ったプロダクト

― オリジナルの商品も作ってらっしゃるんですね

匠さん
“SOLVOID”というブランドを7年ほど前に立ち上げました。廃材を使って家具を作ったり、使わなくなった機械の刃で時計を作ったりしています。スライスした合板にスタンプを押してマグネットを作ったこともあります。

貴史さん
最近は友人のアパレルブランドとコラボしてキーホルダーを作りました。古い民家を解体したケヤキの柱を使いました。

hito_051
hito_05_sp1

二人の個性、根っこは同じ

― お二人はお父様の後を継いだ2代目だと伺いましたが

匠さん
父の仕事を見て最初は自分がやり始めたんです。二人とも音楽活動をしながら手伝っているうちに、その流れで仕事をするようになりました。後を継いだと言ってもこの仕事は一つずつが違っているので、父がやってきた仕事とまるきり同じではなく自分達らしく時代の流れに合わせて変化していけるので面白いです。

― 室内がおしゃれですね。お二人で作っているんですか?

匠さん
そうですね。ビンテージの缶とか古い雑貨が好きで、それに合うような感じで世界観を作っています。

― 好みの世界観などは一致してるんですか?

匠さん
ぴったりじゃないですけど、方向性は一緒です。

貴史さん
自分より兄貴の方が明るめで。

匠さん
カルフォルニアとか西海岸あたりのちょっと古い感じが好きです。

貴史さん
自分の方はもうちょっと暗い感じ。インダストリアル(工業的)とかミリタリー。でも根本は似てると思います。

hito_022

― 宮代町で創業したい人にアドバイスはありますか?

匠さん
まわりに田んぼもあってのびのびしているので、絵を描く人とかアトリエとか。そういう人に来てもらえるといいですね。

貴史さん
こういう広々とした環境だから作業をしたりスペースが要るようなものづくりには向いてると思いますね。

― 今後はどのように仕事をして行きたいですか?

匠さん
廃材を使った製品づくりは今後も続けていきたいですね。メインの仕事をやりながらバランス良くやっていきたいと思います。

貴史さん
自分も同じ気持ちです。

※この記事は2017年12月に取材したものです。


山本 匠(やまもと たくみ)
昭和43年生まれ
さる年・かに座・A型
装飾業に就いて29年    

自ら図面やパースを描き、クライアントに提案する業務を主に担当
製作も行っている
山本企画工芸株式会社 取締役

山本 貴史(やまもと たかふみ)
昭和46年生まれ
いのしし年・やぎ座・おそらくA型
装飾業に就いて20年    

クライアントが描いた図面をもとに製作する仕事を担当
また、廃材を用いたオリジナル商品を製作している
山本企画工芸株式会社 工場長

山本企画工芸株式会社

展示会のブース、イベントの舞台から
お店の家具や什器まで 、幅広く製作
敷地内には、作業場、木工機械、大判プリンター等の設備があり
様々な依頼に対応しています    

住所 〒345-0833 宮代町西粂原1401-7
電話番号 0480-35-1494


宮代町は創業を応援しています!

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか?


宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )

 

ものづくりに興味のある方に・・・

宮代には、約1ヶ月に渡って開催される「宮代つながり作りイベント 和e輪e(わいわい)」があります。地元の専門家や店舗による楽しい”講座プログラム”の中には、ものづくりを楽しめるものもあります。

 

 



WORK IN MIYASHIRO


Vol.2
Tomo Farm
農家 金子 智美(かねこ ともみ)

新しい村のすぐ近く。昔ながらの家が並び畑が広がるその中の、とある農家さんに今回はお話を伺ってきました。静かに、でも熱い想いを秘めたその方のお名前は金子智美さん。そう、金子さんは女性ファーマーなのです。

people_02

はじまりは新しい村から

― なぜ宮代で農業に就こうと思ったのですか?

もともと家が農家だったこともあり、お手伝いは全然しませんでしたが(笑)土いじりや植物を育てることは好きで。高校の時に農業系の学校へ進学し、大学もそのまま農業系に行きました。当初は葡萄の栽培をやりたかったのですが資材や機械が高くて…卒業後に新しい村で農作業スタッフとしてパートで働きながら農作業のやり方を教えていただけたのは良い経験でした。

― 今はどんなお野菜を作っていますか?

小松菜ですね。小松菜と言ってもサラダ小松菜と言って生でも食べられる種類のものです。これからは、今まで宮代ではあまり作っていなかった野菜なども積極的に作って広めていきたいと考えています。

横のつながりができた「あぐりねっとみやしろ」

― あぐりねっとみやしろ(新規就農者組合)に入って良かったことは?

色々な人と知り合えたことです。メンバーで、宮代のカラーである「紫」にちなんだ紫野菜をつくり、ふるさと納税セットとしてお届けしたりもしました。

趣味も農業もやり続けていく

― 趣味でボクシングをなさっていると聞きましたが…

20歳を過ぎてから趣味で始めたのですが、思いがけず農業にも活かされています。ボクシングをやる前は腰を下ろしてしゃがむ体制ができず膝をついて収穫していたのが、いつの間にかしゃがめるようになっていました。かごも重いものを持てるようになったり。今も週3日ほど春日部のジムに通っています。


― これから宮代で農業をはじめようとしている人に伝えたいことはありますか?

農家にとって一番堪えることは気象災害です。宮代は、海も山もないけれど大きな気象災害もないので、農業はやりやすいと思います。新しい村にはこれからも野菜を出荷し続けていきたいので、若い力でもっと活性化していきたいですね。

― 今後の夢や目標はなんですか?

持続的な農業をするために、化学肥料だけでなく、土壌改善効果のある緑肥(りょくひ)という畑の土づくりの為に生やす植物があるので、これからはそれも使っていこうかと思っています。ある程度生やしてから土に返すことで有機物の補給になり土にいい影響を与えてくれるものです。その間畑が使えなくなったり時間はかかりますが、自分たちで肥料を作ることによって、より安心で安全な野菜をお届けしていきたいです。

※この記事は2017年9月に取材したものです。


people_05 金子 智美(かねこ ともみ)
昭和59年生まれ
ねずみ年・おひつじ座・A型
農業をはじめて10年   

祖父からの農地を引き継ぎ、宮代で野菜を育てる
女性農業家。あぐりねっとみやしろのメンバー。

people_06 新しい村
宮代産の野菜やくだもの、お米などを中心に、お酒
や加工品なども販売しております。
金子さんのお野菜もこちらで販売中。   

住所 〒345-0824 宮代町字山崎777-1
電話番号 森の市場「結」 0480-36-3955
9:30~17:00 毎週月曜定休
駐車場あり

撮影協力:Studio 4U

宮代町は創業を応援しています。

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか。


宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )

 


WORK IN MIYASHIRO

people_01
people_01_sp

Vol.1
洋菓子工房 テン・クイーンズ・テーブル

洋菓子職人 多治比 剛(たじひ ごう)

身代神社の隣にある南欧風な建物が特徴の洋菓子店「テン・クイーンズ・テーブル」。お洒落なケーキや可愛らしい焼き菓子など手作りのフランス菓子が並ぶ店内には、好きなケーキを飲み物と一緒に飲食できるテーブル席もあります。「働く人」のコーナーでは、宮代町で働く人をご紹介していきます。
初回は、調布のフランス菓子スリジェで学び、目黒雅叙園、銀座、日本橋の洋菓子店で修業を重ね、その後独立して宮代町にお店を構えた多冶比剛氏にお話を伺いました。

people_02

修行の第一歩は歩き方と笑顔

― 洋菓子職人になろうと思ったきっかけはなんですか?

本当は俺、フレンチの職人になりたかったんすよ。
調理師の専門学校に行って免許を取得し就職先を探していた時、募集のあった調布にあるフレンチとパティスリーで有名な店の採用試験を受けてみました。学生の時はいわゆる落ちこぼれで勉強はできなかったのに何人も受けた採用試験に自分ひとりが受かったことが嬉しくて、そこで、まずフランス料理のギャルソンとして働くことにしました。

― それがなぜ洋菓子職人になったのですか?

ギャルソンとはフランス料理を給仕する人なのですが、ただ給仕を的確にこなすだけではなく、料理の知識やワインの知識なども必要とされる仕事です。そこはサービス料をいただくお店でしたので、プロとしてお客様に食事を楽しんでいただくことが必要でした。まずはフランス料理をサービスするギャルソンとして、お客様へのサービスの心などを色々学びました。
歩き方と笑顔から勉強っすよ。(笑)
2年位ギャルソンとして学んだ後、そのお店の菓子厨房でパティシエとして修業することになりました。22歳の時には東日本洋菓子コンクールのコンフィズリー&クッキー部門で銀賞を獲得することができました。その後、目黒雅叙園でウエディングケーキやデザートを学び、東銀座のパティスリーサンクなどで修業を重ね、今のお店の名前にもなっている日本橋のテン・クイーンズ・テーブルを任されるようになりました。

大きなホテルの厨房では味わえない歓びが魅力

― なぜ宮代町にお店を開店したのですか?

最後に任されていたお店が銀座にお店を出す予定だったのですが、オーナーの気持ちが変わり、機材を譲るから自分でやってみろと言われました。色々考えたのですが、これも一つのチャンスだと思い、思い切って独立し地元の宮代町でお店を開くことにしました。オーナーへの恩義を忘れてはいけないと思い、店の名前も“テン・クイーンズ・テーブル”とつけさせてもらいました。今でも東京のお店が忙しいときは手伝ったりもします。それが自分の恩返しだと思っています。

― 地元の宮代町に開店して良かったことはなんですか?

開店準備は、大工だった父に一緒に手伝ってもらい、いただいた機材を使って内装を整えました。みんなの力をお借りして安く始めることができたのはとてもラッキーでした。宮代町に開店して良かった点は、知り合いに自分の作ったお菓子を食べてもらうことが出来ることですね。お客様が「美味しかったよ」と言ってくださる顔を直接見ることができるのは大きなホテルの厨房では味わえない、小さなお店ならではの喜びです。これが一番ですかね。

― 逆に宮代に開店して大変なことはありますか?

地域性と自分のこだわりとの葛藤ですかね~。始めた頃に買いに来てくれたおばあちゃんが「あなた、イチゴのショートケーキは三角なのよ」って言うんですよ。(笑)
郷に入りては郷に従えではないのですが、お客様の嗜好や地域性もある程度考慮する必要もあるのだと思いました。でも、自分のこだわりや新しさも取り入れていきたいし、いく必要もあるのだと思います。そのバランスが必要な所ですね。

― 宮代町でこれから開業しようと考えている人へ何かメッセージをお願いします。

んー。宮代町ははっきり言って東京よりも圧倒的に人の数が少ない。例えばですが東京なら300人の人が歩くとしたら宮代では50人位かもしれない。でも、お店を出せば地元の人は温かく応援してくれます。あとは、自分の実力でしょう。美味しいものを作ればリピーターになってくれます。人の繋がりを感じながらお客さんの顔の見える商売がしたいなら宮代町はいいと思いますよ。自分の好きな言葉は、「It’s a piece of cake 楽勝だぜ! 気楽に生きようぜ!」なんですが、あまり考えすぎては何もできない。まずはやってみようぜという感じですね。

― 最後に多冶比さんのこれからの夢を聞かせてください。

自分のお菓子を喜んでくれる人に、自分の技術と腕に自信をもってお届けする!それだけです。だから今のままでいいっす。

※この記事は2017年4月に取材したものです。


people_05 多治比 剛(たじひ ごう)
昭和50年生まれ
うさぎ年・おとめ座・AB型
洋菓子職人になって21年
宮代町に創業して14年
宮代町商工会青年部の部長を2年間務め、今年度は他市町村との連携役として地域での活躍も期待される。
people_06 洋菓子工房 テン・クイーンズ・テーブル
焼き菓子やケーキなどが並ぶフランス菓子店。イラストや写真どおりに作ってくれるオリジナルのデコレーションケーキが子どもに人気。
住所 宮代町学園台1-12-8
電話番号 0480-31-0402
10:00~19:00 水曜定休
駐車場あり

宮代町は創業を応援しています。

あなたも宮代町で夢を叶えてみませんか。


宮代で働く人では、これからの宮代町を担う様々な「働く人」をご紹介していきます。男性女性を問わず、職種を問わず、未来に向かい頑張っている「働く人」がお近くにいらっしゃいましたら、自薦他薦を問いませんのでお知らせください。

宮代町 産業観光課商工観光担当(TEL 0480-34-1111・内線266 )